ここで小噺を一席。
今では葛尾村かげ広谷地と呼ばれる場所は江戸の時分には相馬藩津島村の一部でございました。この地域は長らく浪江に抜ける街道近くの農村でございまして、山間の斜面の緩やかなところにポツリポツリと農家屋が建っておりました。当時の農村はなんでも自給自足でございます。江戸時代ともなると台所道具に農具にと鉄製品が普及しまして集落ごとに鍛冶場を設けてたたら製鉄が盛んに行われていたこともあるようです。
ごんた、おめえ今日が鍛冶場入るの初めてだったな。へい、そうなんでえ、よへいさん。そんなら一回り案内すっから人が働いてるのよーく見て仕事覚えちまえ。でもよ、よへいさん、カジバって言うけど、どこにも火の手なんて上がってやしねえや。なに寝ぼけた事言ってんだあ、金を打つから金打ち場で鍛冶場っつうんだ、鍛冶場で火上がったら村中燃えちまうじゃあねえか。ここでやってんのはたたら製鉄つってな、粘土で作った炉に木炭と砂鉄を突っ込んで一昼夜燃やす。それで出来るのが銑鉄だ。今度はそいつを水を張った瓶に木炭と一緒に積んで半刻ばかり吹子で風を送ってやると延鉄になる。農具やら包丁やらは延鉄を打って作るんだ。やけに面倒な作業なこった、おいらには難しいや。吹き八年に焼き十年つうぐれえだ、入ったばかりのお前にはまだ早え。まずは掃除から修行しろ。焚き上げた後は炉の底にカスがこびりついちまう。そいつをこそぎ出して裏に捨ててきてくれ。なんだ、仕事ったってごみ掃きか、よへいさんももうちと面白い役目を分けてくれてもいいのになあ、アアッッチチ。ばか、炉の中に素手突っ込むやつがあるか、火箸や火鋏で掻き出すんだ。なんだあ、よへいさん、そんないいものがあるなら先言ってくだせえよ、みんな熱いところに手突っ込んでるもんだから口調までカッカしてるんだと思ってた。それじゃあここの籠に集めて、裏の草むらに捨てちまおう。またか、ごんたあ、おめえ熱いまま捨てたら鍛冶場が本当に火事場になっちまうでねえか、そんなもん冷ましといて後から捨てに行けばいいんだ。よへいさんの鉄拳が次々降ってくる、今日はちっともついてねえや。ただ捨てに行くてえのも面白くない。こうして段々に積んでやると、鉄のカスでもちっとは見栄えがいいや。おっよっと、高くするのは案外難しいもんだな。ごんた、どこで油売ってんだ、仕事はまだまだ残ってるぞ。
川の流れはなんとやら、時が経てば山から土が流れ草が生え、かつての鍛冶場もいつしか崩れて地面の下に埋もれていくものでございます。そこら中に積まれた鉄クズの山も気付けば草陰に隠れるばかり。
これはこれは、おはようございます。去年のカボチャはいい出来でしたな。いやいや、日照りも良くて大きな玉が毎日つきましたわ。それで今年は畑を広げることにしまして、人手も借りられないもんで、トラクターを入れようと思うとります。それはまた繁盛なことで、ずいぶんと楽になりますな。それがそうともいかんのです。うちの方は鉄クズがやたらと出ますから、これにそのままトラクターを入れたんではすぐに刃が絡んでしまいます。だもんで、先に鋤入れて鉄やら石やら取り除かんといかんのです。これが全部じゃがいもだったら気が楽だなんて思うぐらいで。掘れば掘るだけ出るものですから、畑の邪魔にならないように、そこに家の前に柿の木があるでしょう、あそこの根元に積み上げてあります。あれ、ここからも見えるくらいこんもりと山になって、結局汗かかないとどうにもならんですな。
時はさらに流れます。この先は皆さんご存知で、柿の木の根元にも草木が茂ります。
あったあった、根元の草をかき分けたら幾つでも出てくるよ。どれだけあればいいんだ、十個ほどかい。持てる分だけ持ってきたいんだけど、にしても虫がすごいな、スプレー持ってくればよかった。
今回はこいつらを会場に積みたいからさ、拾えるだけ拾っていこうよ。形も大きさもバラバラがいい、小さいのから大きいのまで、当たり前のように長い間ずっと転がってたっていうのがいいんだ。よし、これだけあれば十分だろう、バケツ持ってきたからそれに入れて車に積もうか。ところでさっきからなにをボソボソ言ってんだ、サゲもないような噺をして。いいや、ずっと鉄クズを積み上げてたんだ。